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東京地方裁判所 平成6年(ワ)13371号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金六四九八万七七〇六円及びこれに対する平成六年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告のした株式会社東海銀行に対する原告の債務の代位弁済が違法不当なものであり、原告は被告の代位弁済による求償権の実行としてされた原告所有の土地建物に対する競売申立等により損害を被ったとして、不法行為を理由にその賠償を求めた事案である。

争点は、被告のした右代位弁済が違法不当なものかどうかである。

二  前提となる事実(証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない。)

1 原告は、次の金員を株式会社東海銀行(以下「東海銀行」という。)から借り受け、毎月合計四一万七九一六円の金員を返済していた。

(一) 昭和六一年一〇月三一日付け金銭消費貸借契約に基づく金四〇〇〇万円

(二) 平成二年一月一二日付け金銭消費貸借契約に基づく金一二〇〇万円

(以下二つの貸金を「本件各債権」又は「本件各債務」という。)

2 原告は、被告との間で、昭和六一年一〇月三一日、原告が東海銀行から借り入れる四〇〇〇万円の住宅ローンの債務について被告が連帯保証する旨の保証委託契約を締結した。

また、原告は、被告との間で、平成二年一月一二日、原告が東海銀行から借り入れる上限額二〇〇〇万円の根抵当権(根担保権)設定方式ローンの債務について同様に被告が連帯保証する旨の保証委託契約を締結した。

被告は、右各保証委託契約に基づき、東海銀行に対し、原告の本件各債務について連帯保証した。

3 東海銀行は、原告が平成四年七月二七日以降本件各債務の分割支払をしなかったことから、平成五年三月五日、被告に対し、本件各債務について連帯保証人としての保証債務の履行を請求し、被告は、同日、右履行請求に応じて合計金四七三三万五七九一円を代位弁済し、原告に対し、同額について求償し、原告がこれに応じないとして、原告所有の土地、建物に対して抵当権の実行としての競売の申立(横浜地方裁判所平成五年ケ第三四七号)をした。

4 原告は、平成六年二月八日、被告に対し、金五四五二万九二〇六円を支払い、競売申立の取下げ、根抵当権設定登記の抹消登記手続を受けた。

三  原告の主張

1 被告の代位弁済は、次のとおり、違法かつ不当である。

(一) 銀行は、銀行業務及びこれに付随する業務等銀行法一〇条、一一条に規定する業務以外の営業活動をしてはならないとされている(同法一二条)のに、東海銀行は、原告に対し、「伊香保ゴルフ倶楽部清滝城コース」の第一次会員権(募集金額一二〇〇万円)について、これが最終募集では二五〇〇万円になり、一年後には二五〇〇万円で売ることができ、利益が上がる旨の説明をして、その購入を執拗に勧誘する違法行為を行い、原告をその旨誤信させて、その購入資金に充てるため前記一二〇〇万円の金銭消費貸借契約を締結させたものである。

しかるに、同ゴルフ会員権は、一向に値上がりせずかえって値下がりし、平成四年七月の時点において、二〇〇万円に下落したため、原告は、少なくとも一〇〇〇万円の損害を被っており、被告に対し、同額の損害賠償請求権を取得していた。

(二) 東海銀行及び丸万証券株式会社(以下「丸万証券」という。)は、平成二年六月中旬ころ、原告に対し、原告が丸万証券でフレッシュCB債券を購入し、二年間待てば年八・五パーセントの利回りを保証する旨約束した。原告は、右約定に基づき、そのころ四〇〇万円でフレッシュCB債券F四〇〇口(以下「本件CB債券」という。)を丸万証券から購入した。

しかしながら、東海銀行及び丸万証券は、二年後の平成四年七月ころに原告が右利回り保証の約束の履行を求めたところ、利回り保証をしたことはないとしてこれを拒絶した。これは、原告に対する債務不履行に当たる。

仮に、東海銀行及び丸万証券が利回り保証をしていないのであれば、東海銀行及び丸万証券は、共謀のうえ、利回り保証をすると原告に虚偽の事実を申し向け、原告をその旨誤信させて本件CB債券を購入させたことになるから、その行為は詐欺に当たる。原告は、平成四年七月ころ、本件CB債券の購入契約を取り消した。

したがって、原告は、平成四年七月当時、東海銀行に対し、四〇〇万円の損害賠償請求権ないし返還請求権を有していた。

(三) 原告は、平成四年八月五日ころ、東海銀行に対する右(一)、(二)の反対債権をもって、原告の東海銀行に対する各月の支払債務四一万七九一六円と対当額で順次相殺する旨の意思表示をした。

(四) したがって、東海銀行が被告に対して保証債務の履行請求をした時点において、原告には債務の支払遅滞はなかったから、右履行請求は要件を欠く不当なものである。

2 原告は、被告に対し、平成五年一月一九日付けで、東海銀行の保証債務の履行請求が何ら根拠のないものであることを、理由を示して通知し、さらに、その後も何度か履行請求が違法不当であり、被告においてこれに応じないよう申し入れた。

したがって、被告は、東海銀行の履行請求が不当であることを知っていたものであり、仮に、東海銀行からこれと異なる説明を受けたとしても、当時の状況下においては、代位弁済の可否について重大な疑問を抱くべきであり、その支払を拒むか、少なくとも供託手続を採るべきであるにもかかわらず、これをあえて又は漫然と代位弁済し、それに基づく求償権の行使としての抵当権の実行(競売申立)手続を行い、その結果、原告に対し、損害を与えたものである。

3 原告の損害は次のとおりである。

(一) 競売回避のため、原告がやむなく被告に支払った五四五二万九二〇六円

(二) 原告が被った精神的損害に対する慰謝料

一〇〇〇万円

(三) 抵当権設定登記の抹消登記請求訴訟の印紙代

五万八五〇〇円

(四) 本訴提起に至るまでの弁護士相談費用

四〇万円

合計 六四九八万七七〇六円

四  被告の主張

原告の主張はすべて争う。

連帯保証人である被告が債務者である原告の主張どおりに行動すべき義務はなく、被告が連帯保証契約に基づく債務を履行すべきことは当然であるから、原告の主張は失当である。

第三  当裁判所の判断

一  前提事実並びに《証拠略》によれば、東海銀行は、原告が前提事実1の本件各債務の分割返済金の支払をしないので、平成四年七月二九日付けで原告に対しその支払を催告したこと、これに対し、原告は、同年八月五日付けで、原告が東海銀行のあっせんで購入し丸万証券に預けてある本件CB債券の債権から引き落としてもらうことになっている旨の回答書を送付し、右支払請求に応じなかったこと、被告は、平成五年三月五日、東海銀行から、原告の本件各債務の分割支払が遅滞し、再三の支払請求にも応じないから原告は期限の利益を喪失したとして、本件各債務についての連帯保証債務の履行請求を受け、同日右保証債務の履行として代位弁済を行い(本件各債務の各保証委託約款第四条)、その結果、原告に対し、求償権を取得したものであること、被告は、代位弁済を実行するに際し、原告に対し、その旨の通知と自己に弁済額と同額の金員及びこれに対する年一四パーセントの割合による損害金の支払を求める旨の通知を発したこと、また、東海銀行からは、原告に対し、同日、民法五〇〇条により本件各債権を被告に移転した旨の債権移転通知が発せられたこと、他方、原告は、平成五年一月一九日付けで、被告に対し、原告の東海銀行に対する本件各債務の分割返済分について相殺をしたから代位弁済をしないよう、書面による申入れを行ったことが認められる。

二  右の事実によれば、被告は、原告の本件各債務が支払遅滞に陥っているとしてされた東海銀行からの連帯保証債務の履行請求に応じて、保証委託約款第四条に従い、代位弁済をしたものであることが明らかである。

ところで、委託を受けた保証人は、委任事務の受任者として善良なる管理者の注意をもって受任事務を処理しなければならないから、保証人が主債務者の債務(以下「原債務」という。)を代位弁済するに当たっては、右の注意義務を尽くす必要があり、これを怠ったときは、債務者に対する求償権を失ったり、その範囲に制限を受けたりすることがあるばかりでなく、場合によっては損害賠償責任を負担することもあるものと解すべきである。

問題は、その場合に尽くすべき注意義務の内容、程度であるが、このような、債権者からの連帯保証債務の履行請求に応じてされた代位弁済にあっては、弁済当時、原債務の支払遅滞が発生していることを示す資料が存在するかどうかを確認し、これが確認できた場合には、他方で、原債務が消滅するなどして既に存在しなかったり、同時履行の抗弁が付着しているなど、保証債務者が原債務を弁済することが相当でないような事情が客観的な資料の裏付けをもって存在するかどうかを、具体的状況下で、保証人として通常行うべき調査により確認すれば足りるものと解すべきである。

本件においては、前認定のとおり、被告の代位弁済当時、原告が本件各債務の分割返済分の支払をしていないことは明らかであり、また、原告は、被告に対し、その代位弁済前に、原告が東海銀行に対して有すると主張する債権と本件各債務の分割返済分とを対当額で相殺したので支払遅滞はないから、代位弁済をしないよう申し入れているが、原告から送付された甲第二号証の書面の記載からでは、その相殺の基礎となる原告の債権自体必ずしもその存在、内容が明確であるとはいい難く、しかも、東海銀行がこれを認めていないものであり、東海銀行及び丸万証券と原告との間でその存在について複雑な争いが予想されるものである(現に、原告と東海銀行、丸万証券との間で訴訟で争われている。)から、原告が主張する相殺により本件各債務が消滅しているか否かは、到底客観的に明確であるとはいえないものであり、かつ、これは、被告において善良な管理者の注意を尽くしたとしても容易に判明しないものであることは明らかであるから、右原告からの申入れがあったからといって、被告に東海銀行からの保証債務の履行請求を拒否すべき義務が発生するものではない(供託すべき義務もない)というべきである。そうすると、被告が代位弁済をするに当たり、委託を受けた保証人としての善良なる管理者の注意義務を怠ったとは、到底いうことができない。

その他、本件において、被告が代位弁済をすることが相当でない事情は認められないから、これを違法不当とする原告の主張は失当である。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎 恒)

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